狐面からの招待

2017年11月11日

「裏庭にようこそ」

 大きな体に阻まれた。見上げてみると狐の面。そう、確かに入口のようなものを見てしまったからやって来た。鳥居のようにくぐれと言わんばかりの、ご機嫌な装飾が手招きするような入口があったのだ。だから近付くごとに薄気味悪さが増す中を、飛び石に縋りながら進んだのだ。一つ跳ねると湿地帯に生える陰気な植物に取り囲まれ、二つ跳ねると足元は沼と化し、転べば負けよと三つ跳ねると狐面の招待を受ける。尻餅をつかなかっただけましだ。だからといってくるりと向きを変えて逃げ出すわけにもいかない。どうも呼び鈴を鳴らしてしまったようなのだ。

 狐面は素性も分からぬ訪問者を門の向こうから呼び寄せる。おいで、おいでと手招きする。さきほどまで狐面が立っていた四つ目の石に飛び移る。沼が振動に揺らいだ。大袈裟にも、もぞもぞと全身をくねらせる。視線が一斉に震源に集まるのを感じで身が痺れた。誰の視線だ? 見回したって名前を持つ者などいやしない。誰もいやしないが、既に踏み込んでしまったのだ。帰ってもいいだろうか。後方には町の景色が広がっている。白く排出ガスに霞む町があちら側に広がっている。よそよそしい景色だと感じるのは、飛び石を四枚も踏んでこちら側に来てしまったからだ。戻るには遅過ぎる。戻れないこともないだろうけれど。視線を受けて、恐れを振り切って進むのみ。

 旅人の道が表へと広がる散歩道ならば、裏庭は閉ざされ収束していく地点。世界の裏側だ。門をくぐった訪問者に狐面が語り聞かせる。先導する背中はあまりに広い。あけび細工かというほどにみっちりと編み込まれた木々のアーチは、二人並んで歩く広さが無い。前が見えない。背中しか見えない。案内される先に広がる異界を、我が目で確かめたいと思うだろう。だからといってキョロキョロと首を回したくはない。聞いていますとも、余裕の態度で背中の壁を追う。大きな体は窮屈そうに縮こまったまま、ゆっくりと進む。狐面は説明を続ける。耳元で話されるようにはっきりと聞こえる。耳を塞いでも聞こえるのではないか。もう戻れない......。

 見知ったものに似ているようで、違うようで、なんだか懐かしい人や生き物たちに出会うだろう。あちらとこちらを繋ぐトンネルで聞く言葉が郷愁に触れる。色々なものを失ってしまっただなんて、喪失をクローズアップして思い出している場合ではない。喜びも悲しみも小さな積み重ねなれば、比重は同じ。それでも懐かしかろうと言われると、胸がいっぱいになるし鼻の奥がツンと痛むに決まっている。

「長い間手入れもされず放っておかれ庭だから、勝手に生き物が住み着いた。人が動かす時間は既に止まった場所だから、人のきみには懐かしく感じると思うんだ。ああ、足音を殺す必要はないよ。生物らはきみから視線を外さないが、襲いもしないだろう。止まってしまった人の時間が再び動くこともないだろう。放置された人の庭は、今や生物らの世界になってしまった。きみが干渉するべき事柄は何もない。ただ興味を持って近付いたのならば、案内せねばなるまい。そら、トンネルを抜けるよ」 

© 2022 ほがり 仰夜
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