のもすとカタ(全文)
これは花蛇の「のもす」と羽の生え揃わない何かの雛の「カタ」との、穏やかな日々の話です。
穏やかな他は何も無い、退屈な草原で、彼らが出会った一時を綴ります。
『のもすとカタ』
これは花蛇の「のもす」と羽の生え揃わない何かの雛の「カタ」との、穏やかな日々の話です。
穏やかな他は何も無い、退屈な草原で、彼らが出会った一時を綴ります。
これは花蛇の「のもす」と羽の生え揃わない何かの雛の「カタ」との、穏やかな日々の話です。
穏やかな他は何も無い、退屈な草原で、彼らが出会った一時を綴ります。
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。カタ、大晦日は随分熱心に、何かを書いていたね」
「羽が生えますようにって草原のみんなに宛てて短冊を書いていたんだ」
「そうか、年賀状か」
草原はざわめいています。新年は何かと忙しく、何かとそわそわするものです。
今日は草原はおめでたく有り難い色に染まっていました。色の作り手である色虫の芸当です。彼らも喜んでいるのでしょう。朝日を拝むものと、今晩のお月さんを拝むものと、最初に仕留めた生き物を拝むものと、それぞれ違いますがみないつも以上に厳かに過ごします。
「のもす、今日は良い日だ」
「そうだよ、去った年と一番近い日だからね。沢山感謝し、今年もだらだら過ごそう」
「千歳老にお雑煮を作って貰うよ。のもすも食べるよね」
...
一瞬の晴れ間に当たりました。
長くて高級そうな雲の絨毯に一ヶ所、蜘蛛が穴を開けました。そこがちょうどのもすの上を飛んでいます。
「のもす、実はぼくたち、銀河鉄道に乗らなくても沢山の星を見られるんだ」
実に久しぶりの星空でした。それでカタは星を忘れていたのです。星は雪より冷たくて、もっと鋭い光を放っていて、金平糖みたいにカチカチの物でした。
「硝子の空だなあ」
「雪も星の光を受けて光っていたかも知れないよ」
のもすがあくびを噛み殺しながら囁きました。
「この間ね、水脈に穴が開いて噴水になっていたよ。水が朝も晩も噴き続けるんだ。それで周りの樹木が凍って、冷凍木になっていたよ!」
晴れた冬空を見上げてカタが言いました。眠い目をしています。鳥のくせにカタは朝が苦手です。
この間、の、夢の話だろうか。のもすが考えています。何しろカタは夢にも現実にも生きています。時折夢を現実にしてしまうのです。難しいお年頃なのです。
「木は、どんなだった」
「湯気を上げて、朝日に一瞬煌めいて、驚くほど若々しかったよ。のもすみたいに何年も生きている木だった。きれいだったけれど、寒そうだった」
「負けないさ、植物たちは」
眠そうな目をこすって、カタはまた散歩に出掛けていきました。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。良い新年の空だよ、カタ」
「本当に、そうだね」
のもすとカタはしばし言葉を休ませ元日の空気を吸いました。空は実験ビーカーで見たように美しい白。空気は昨日の宴会の音楽の余韻から新しい一年への震えにつながってびりびりと電気を発し、心は想いで溢れ、泉のように澄みきって。
「ああ、新しい年だ」
「ああ、また始まっていく」
そうして二人はお昼までぼんやりするのです。
いつもと同じ、ちょっとだけ厳かな、一日の始まりです。
のもすとカタは今日もゆらゆらと揺れています。雨上がりを待っているのです。
「のもす、鳥が飛んだよ」
「そうだね、じき晴れるね」
「雨雲一つ食べてみようよ」
「そうだねカタ、羽が生えたら、きみはそれを叶えるといいよ」
「のもすは雨雲の味を知っていそうだね」
「きみが食べたら教えるね」
花蛇のもすと、いつまでも羽の生え揃わない鳥の雛カタは、遠くの山をみつめています。
「カタ、きみ、夢を見ているの」
カタは開ききらない目でのもすを見て「起きているよ」と言いました。のもすが何かを言い出すのを待って息をつめてみましたが、やがてふーっと吐き出しました。
「のもすは眠らないものね」
また一息、今度は短めにはいて、「のもす、夢を見ているの?」聞き返しました。
...